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| 11月22日(火) |
本が書き上がるまで、気球日記は書くまいと思っていたが、やっぱり書きたくなった。
今日は、空中バレエの「深緑が燃える」を観に行った。ここのところパソコンに向かいすぎでめちゃくちゃドライアイで、ウサギのような真っ赤な目をしているので、芝居を観るのもちょっとしんどい気がしたのだが、染谷さんが!役者として!出演するって言うからやっぱり見に行かないわけにはいかない。
今日の小屋は吉祥寺シアター。できて間もない、武蔵野市立の劇場だ。駅から近いのに、なぜか風俗街に迷い込んでしまいあせったが、どうにか劇場にたどり着く。おお〜!なんてきれいな劇場なんだ!キャパも200弱と、広すぎず狭すぎずお手ごろだし、そうかといって劇場としての雰囲気はもはや小劇場ではない。新しいからきれいなのはもちろんなのだが、内部もセンスがよくて、劇場は雰囲気があってとってもすてき。いつか!ここでやりたい!と強く思った。どんな芝居がいいか、なんて妄想までふくらましてしまった。
さて、芝居はというと、休憩も入れて約2時間半と長かったのだが、だんだんと引き込まれて、最後は姿勢を正して観ていた。この世の国が滅んで、また新しい世界が芽吹き始める時代の、ある王国の話。時代物、というかまったく架空の世界のお話なのだが、ちゃんとその世界を成立させるだけの舞台美術、照明、衣装、どれも気合いが入っていた。主役の王女役の役者さんがとてもすてきで、純粋で、思わず泣かされそうになった。
そして!初めて見た役者・染谷さん!深みのある声がよく響いて、存在感があっていいじゃないですか!自前のヒゲも雰囲気があってすてきだったし、なんだイケメンだったんだーと新発見再確認。ああいう雰囲気の役者さんもなかなかいないように思うので、これで最後などと言わず、ぜひまた舞台に立ってほしいものだ。
本書き月間も、ラストスパート。
私は、本を書くとき、たいていそのときのテーマ曲となるような一曲を、ずっとリピートで聴きながら書く。だんだんその曲が、音楽というより空気や水のようになってくる。自分がどっぷり頭までその曲に漬かって、別の世界にトリップした気分になる。
うまくいきかけているときはその波を逃したくなくて、もっともっと書きたくなって、時間的制約や肉体疲労とのせめぎあいで気持ちが焦る。このところ、調子が出てきたせいもあって、だいぶ根を詰めていたので、脳みそが本書きに漬かって神経が腐りそうになっていたらしい。今日、吉祥寺の街を歩き、いい芝居を観て、いい意味でリラックスできた気がする。なにかに思い切り集中したいときは、ときどきエネルギーを全然関係のない方向に向けたりして、うまくコントロールするといいのかもしれない。
よし、また物語に向かおう。生む。絶対、生み落とす。 |
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| 街はクリスマス一色。本が書けたら、なにかご褒美を買おうっと。 |

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| 11月16日(水) |
昨日は下北沢で、印南が出演する東京アンテナコンテナの「三途の川でバタフライ」を観た。ストーリーは、死神が出てきたりして、わりと他愛のないファンタジックコメディという感じだったが、おもしろくて笑ってしまった。イジリー岡田とか有名どころが出ていて、さすがという感じだった。ファンタジーでもコメディでも、上手い人がやるとやっぱりおもしろいんだなあ。印南も、なんだかとってもいい味出してたし。
帰りに、乃維ちゃんと、お気に入りのカフェめし屋さんでごはん。最近、乃維ちゃんと観劇→飲みという機会が多い。。。途中、印南が、イチオシの若手役者を連れて来てくれて、一緒に飲んだ。ワークショップに来てくれるといいなあ。
そんなこんなで、芝居続きの毎日だが、本書きも忘れているわけではない。が。気がつけば締め切りまであと2週間なのね(泣)。間に合うのかしら、あたし。
最近、物語が生まれる必然性ということをよく考える。なぜ、今、その物語が生まれるのか?ふと思いついたからか、話題性があるからか、時代を反映しているからか、はたまた次回公演が迫っているからか?理由はいろいろだろうけれども、私はいつでも、そのとき生まれるべくして生まれる物語を書きたいと思うのだ。誰のためでもなく。いつかは、小説や絵本も書いてみたい。
さて、ということで、新しい産声が聞けるまで、気球日記はしばしお休みします。が。しかし、こういうときに限って駄文をつづりたくもなるので、ときどき現実逃避しに来るかもしれません。みなさん、お元気で〜。
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| 11月14日(月) |
先週は知り合いの芝居続きだった。この季節、本当に公演が多い。
木曜日は、仁美ちゃんが客演した劇団男魂の「PINDON」を観た。ピンドンはピンクのドンペリのことで、ホストクラブを舞台にした人情話。小屋が比較的大きかったせいか、物語がいささか陳腐だったせいか、ちょっと残念だった感じ。でも仁美ちゃんは相変わらず可愛くて、仁美ちゃんファンにはたまらなかったと思う。それより、私はこの劇団の名前をずっと「げきだんだんこん」だと思っていて、何度も連呼していたのが恥ずかしい(正しくはげきだんおとこだましい、らしい)。
金曜日は、森田くんが客演した舞台、「焼け跡の女侠」を観た。戦後の混乱期を走り抜けたやくざ者の半生を描いた芝居で、森田くんは主役だった。本当に芝居立て込んでるのに、よくがんばってるよなあ。事務所主催の公演ということで役者陣の層が厚く、魅力的だった。それにしても森田くん、時代物の方が映えて見えるのはなぜだろうか・・・。ただ、芝居の中身が濃かっただけに、ライブハウスを即席舞台にした感じの劇場はちょっと似合わなかった。お尻が痛くて平らになりそうだった。やっぱり桟敷席を作るのはできるだけ避けたいものだ。
土曜日は、はなまるさんの公演、「世界の終わりで君を見つけた」を観た。これは、私が今まで見たはなまる大作戦の作品の中で、最も気に入った。私の目から見て、作品の中の大切なエッセンスだけを残してうまく際立たせていて、物語としての完成度が高かったと思う。主人公の女優が、ライバルの女優に対する妬み・憎しみに突き動かされ、犯罪を犯す。悲しくて愚かなことだけれども、その気持ちが十分に伝わってきて悲しくなった。そして、その憎しみが生み続ける連鎖、それは運命なのか。人間の本能なのか。何にしても、この世の中には負の連鎖に向かう自動的な何かがあるのかもしれないと、しばしば感じている。
人間は、自分の意思に反する感情に翻弄されてしまうときがある。その女優が自分の中の憎しみを言葉にするとき、ずっと
the Rose が流れていた。一見憎しみの感情と相容れないその聖なる響きに、よけいに胸を打たれた。どうしようもない憎しみの炎に焼かれるとき、むしろ心の波立ちはおさまり、このまま自分が透明になるような気さえするものだ。あれからずっと、私は
the Rose をリピートで聴いている。平井堅バージョンだけど。
憎しみや悲しみや怒り、妬み、そういった負のエネルギーと無縁で生きていきたいと思うなら、本当に人間は記号になってしまうしかない。すべてを合理的に意味づけして生きていくしかない。でもそれは不可能だし、私はそれを望まない。煩悩まみれでも、矛盾だらけでも、私は自分でやっていきたいと思う。そんなことを考えさせられた作品だった。
そして日曜日、尾形さんが客演している、劇団アプラオスの「絵の中の荒野」を観た。久しぶりに観た、堂々とアングラな1本だった。尾形さんの持つ独特な雰囲気は生かされていたものの、私にはまだこういう作品の楽しみ方は分からない・・・。
たまたま殺陣教室の諏訪さんと一緒に同じ芝居を観たので、稽古の時間までおしゃべりしながら過ごす。諏訪さんは骨折がなかなか治らないけれど、毎回稽古に来て見学している。見て学ぶことも多いとは言え、本当にえらいよなーと思う。最近の殺陣教室は、ますますボール蹴りに熱が入ってきて、汗をかく量がはんぱじゃない。そして、最近はだんだんと立ち回りも長くなってきたので、集中力と体力を使う。そこで、また汗をかく。まさに天然のデトックスだ。ま、これで稽古後にアルコールという毒素を入れなきゃいいんだけどね。。。
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| 11月10日(木) |
今日は平日休み。また東京地方裁判所で傍聴マニアな一日。
午後、長い公判を一本見た。罪状は殺人と放火。もうだいぶ長いこと公判継続中の事件だったが、聞いているうちにだいたいの状況は理解できた。
要するに、被告人は交際相手と同棲していた部屋に火をつけ、相手の女性は亡くなったのだが、被告人はそれを二人同意の上での心中であったと言うのである。事実、本人も大やけどで意識不明となり、事件後一ヶ月ほど入院していたらしい。だが、事件には疑問の残る点が多く、無理心中の疑いがかかっているのである。そして二人のやりとりを実際に目にした者はなく、たしかなことは、女性は死んで男性は生き残ったという、目の前の現実のみ。
当然のことながら、心中と無理心中ではまったく事件の様相が異なる。心中の場合、生き残った側が咎められるものなのか、どういう罪になるのか私にはよく分からない。でも、無理心中は間違いなく殺人である。
被告人の男性は、明らかになんだか言っていることがおかしかった。さっき言ったばかりのことと矛盾することを言ったり、細かいことは憶えているのに肝心なことになると「わかりません」「憶えていません」のくり返し。交際中から被害者の女性に暴力を振るったり、携帯電話を壊したりしていたようだし、その他にも異常としか言いようのない言動もあって、心象としては甚だ怪しかった。たぶん、法廷中の誰もが、そう感じていたと思う。
被告人の後姿を見ながら、その気持ちを想像してみた。自分を捨てて実家に戻った彼女をどんな思いで連れ戻し、火をつけたのだろうか。そのとき心の中を占めていたのはどういう感情だったのだろうか。裏切られたという憤怒の思い、もう一度自分の檻の中に置いて絶対的に服従させたいという支配欲ではなかったのか。少なくとも、相手の苦しみや犠牲を当然のことと受け止めるのは、すでに健康な人間関係を逸脱している。そしてそれを、「彼女が一緒に死のうと望んだ」と言うことには、どういう意味があるのか。重罪を逃れたい気持ちもさることながら、自分はあくまでも彼女に愛され、望まれる存在だったと信じていたい(あるいはそう見せかけたい)からではないだろうか。いや、被告人はどこかで本当にそう考えているのかもしれない。その妄想の中では、妄想と矛盾する事実の方こそおかしいのであって、自分の記憶など簡単に歪められてしまうのかもしれない。そして、矛盾する事実につじつまをつけるために、自分の命を賭して無理心中を謀ったのだとしたら、恐ろしいまでの執着心である。
だがしかし、何にしても一番かわいそうなのは亡くなった女性だ。まだ20歳だったとか。傍聴席には被害者のご両親も来ていた。その無念な思いは察するに余りある。家に帰って、この事件のことをネットで調べてみたけれど、どこにも出てこなかった。人が一人死んだ事件だというのに。事件直後は報道もされたのだろうが、世間からはもうすっかり忘れられてしまったのだろう。でも、関係者は決して忘れることなどできない。誰にも気づかれなかった悲しみが、ここにもあるのだ、と思った。そして、愛情と似て非なる感情の癒着も、ここに。
まあ、私は公判をたった一度聞いただけだし、事の真相はあくまでも被告人のみぞ知る、ですが。
お昼に、日比谷公園をぐるりと散歩した。木々がだいぶ色づき、バラの花が美しく咲いていた。道に銀杏の実がたくさん落ちて独特のにおいがし、秋らしいなあと思った。昔、祖母がよく銀杏の実を拾ってきて処理をしては、焼いて食べさせてくれたものだ。
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| 11月6日(日) |
本田美奈子が亡くなった。まだ38歳だったのに・・・。
彼女がアイドルだったころから知っているけれど、どこか芸能番組の雰囲気になじまない、情熱と気概のある人だった。アイドルやタレントというより、生粋の歌手だった。それゆえに、ミュージカルなどでその存在感を確立するまでには、いろいろと苦労もあったようである。彼女が出演したミュージカル、地球ゴージャスの「クラウディア」を見たことがある。とても小柄なのに華があって、歌声が美しかった。
少し前に、闘病中の彼女を応援する特集番組をやっていて、そこでは彼女の半生を紹介するとともに、病室からの肉声メッセージも聞かれ、本当に復帰に向けてがんばっている様子だったのに・・・残念である。
言葉には人柄が表れるものだが、本当にピュアでまっすぐな、感謝に満ちた人だったように思う。そして、その崇高なまでの情熱が、神様に愛されてしまったのかもしれない。
それにしても、もし自分が38歳で亡くなるとしたら、残された時間をどう生きればいいだろうか。今私は元気いっぱいだけれど、いつ心や体を病むとも限らない。他人事とは思えなかった。
彼女の冥福を、心から祈りたい。
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| 11月5日(土) |
めずらしく休日出勤な土曜日。でも、朝は電車が空いているし、いい天気だし、そんなに悪くない一日。
今日は、先日の芝居を観に来てくれたまやちゃんの同郷の芝居人が東京へ来ていて、お知り合いの芝居人もまじえて6人で飲んだ。そんなわけで、急遽ヘルシー・ウィーク、挫折。。。でも今週、人と会わない日はちゃんと飲まずに早寝したもん・・・これでいいことにしよう。自分に甘い、松田です。
それはさておき、6人はほとんど初顔合わせに近い状態だった。しかもみんなとっても若くて、キャラがいろいろで、新鮮な雰囲気だった。飲み始めたのが10時近かったのでそんなにゆっくりはできなかったけれども、いろいろと芝居の話をして楽しかった。それぞれ異なるベースで活動をしているので、考え方もいろいろだったし、そんなに若い男の子たちと話すこともなかなかないので、おもしろいなあと思った。
場を設定してくれた漆戸さんとまやちゃんに感謝☆東京へ来たときには、ぜひまた飲みましょう! |
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最近、また時間を見つけてはネットカフェにこもっている。今日行った高円寺の新しいネットカフェはなかなかよかった。なにがいいって、明るくて机が広いのがいい。こないだ行った中野の新しいネットカフェは、思ったほどよくなかった。暗かったし、新しいはずなのにPCはキーボードの文字がかすれるほど使いこまれていて、ちょっといや。ブロイラーにも環境のよさは大切だ。
次回作だが、まだ妊娠に至らぬ段階。子宝祈願にでも出かけたい気分だ。でもここが大事。ここで楽をすると、最後までその甘えが響く。
見たいものを、今見えているものを、もっとクリアにするのだ。
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| 11月4日(金) |
文章には、否応なくその人のクセや人柄が表れるものだ。自分のクセはよく分からないけれども、きっとこの日記にも、私のクセが満載なのだと思う。自分にとって気持ちのいい言い回しとか、慣れ親しんだ思考回路とかがあるものだ。
文章と言えばメールも同じである。メールの書き方にもクセがある。メールにはもともと相手に伝えるという目的があり、すぐに、しかもピンポイントで届いてしまう。だから、相手がどんな状態で読んでもできるだけ誤解のないようによくよく気を遣う。でも、自分にとって気持ちのいい表現が相手にとって同じニュアンスで受け取られるとは限らないのが難しいところである。そして、メールはどうしても一方的に伝えるだけなので、そのやりとりで生まれた誤解やよくない印象を解くのがまためんどくさい。時間が空いてしまうぶん、そのイメージが増幅してしまうし。なので、私はメールも好きなのだが、大切な話はできるだけ会って話したいと思っている。まあ、メールを使ったコミュニケーション作法そのものが、今現在形成されつつあるところなので、そのうち常識の範囲内でもっと器用にやりとりできるようになるのかもしれないが。
ちなみに、小まやのメールはいつも「はいっ!」「あのっ、」「〜〜ですかっ?」「どうしますっ?」と語尾に撥音がたくさんついていて、なんか楽しい。いつもでっかい目をさらに見開いてぴょんぴょん話している様子が、メールの中までそのままだ。
話は全然変わり、私はどうも昔から物知らずだ。
あんまりテレビを見ないので、テレビネタとか、新しい芸人のネタとか全然ついていけないし、興味のないものにはまったく関心を向けないので、知らないままになる。でも、本当はこんなことではいけないなあと思う。大きな本屋さんにいくといつも思うが、世の中には私の知らないことがまだまだたくさんある。ものすごく好きになれることが、まだまだあるかもしれないのだ。
つまり、ロースが好きだと言うなら、カルビもタン塩も食べてから言えってことだ。そりゃあ、ロースは美味しいさ。でも、カルビもタン塩も知らずに「ロースが一番好き♪」って言うのは、ずっと女子校育ちで卒業と同時に母校の先生と結婚するような、そんなものじゃないのか?
あ、話が飛躍して、しかもたとえがくだらなかった。女子校育ちで母校の先生と幸せな結婚生活を送っている人、もちろんあなたの人生、イケてますよ!!
要するに、もっともっといろんな分野のことに首を突っ込んで、興味を惹かれるものをたくさん見つけたいってことだ。どうやって過ごそうが、一日は24時間。どうにかして、そのための時間をあともう少しヘソクりたいものだ。
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| 11月3日(木) |

鎌倉文学館にて |
秋の休日。今日はサンダルやっこ氏と鎌倉へ。
鎌倉は多くの人出でにぎわっていた。鶴岡八幡宮の方へ向かう小町通りは、まるで竹下通りみたいに混雑していた。鎌倉に行くのは6年ぐらいぶりだったが、ずいぶんお店が増えておしゃれになったような感じがする。そして、時節柄、七五三の子どもを連れた家族連れがあちらにもこちらにも。みんなかわいくてつい目を奪われる。着飾った女の子ももちろんかわいいけど、いっちょまえに袴なんかはいてる男の子もまたかわいい。慣れない着物に疲れちゃって、お父さんにおんぶされてる子もまたかわいい。そして、若いお母さんたちも、着物を着ている人がけっこういた。着物を着て歩くにも、いい季節だなぁ。
鶴岡八幡宮から、教会のバザーや通り沿いのお店をのぞきながら、佐助稲荷の方へ歩く。佐助稲荷は立ち並ぶ鳥居が独特な雰囲気をかもし出していて、本当にきつねでも出てきそうだ。佐助稲荷の裏から源氏山を越える。このハイキングコースは、ハイキングコースというわりにはほとんど整備されておらず、お気楽にブーツなんかはいていった人間にはちょっとした難関だった。紅葉にはまだ少し早かったのが残念だったが、ひんやりとした緑の下を歩いて、なかなかいい気持ちだった。
山を降りて、水分&糖分補給のために甘味処へ。白玉クリームみつまめを食べてチャージした後、またとことこ歩いて鎌倉文学館へ。鎌倉にまつわる文人100人の展示をしていた。こんなに多くの文学者が鎌倉で暮らしていたのかと驚く。残された自筆原稿や生い立ちを読みながら、どういう思いで作品を書いていたのかなあ、と想いを馳せる。中には、ずいぶん若くして亡くなっている人もいた。病気にしても自死にしても、自分の人生にどう落とし前をつけるのか、きっと濃密に考えあぐねたことだろう。
久しぶりにたくさん歩いて疲れたけれど、秋らしく休日を楽しんだ一日だった。たまには、こういうゆっくりとした静かな時間が必要だと思った。
そして今日も、朝ごはんばっちり、運動ばっちり、アルコール抜き。健全、健全。
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| 11月2日(水) |
今日、仕事で、自分の対応のまずさにちょっと自己嫌悪していたら、隣の席の人がよく話を聴いてくれて、励ましてくれた。うれしかった。私は、あんなふうに人を癒せているだろうか。
今日は、ヘルシー・ウィーク中休み。仕事帰りに、高円寺のお気に入りのお店で友達と飲む。3日ぶりのビールがおいしかった。今日飲んだのは、ベトナムのビール、333(バーバーバー)。フルーティでおいしかったけどほどほどにして、最後はハイビスカスのハーブティでしめる。ハイビスカスはお肌にいいらしい。そこはお料理もおいしいお店で、たらふく食べた。特に今日おいしかったのは、豚肉ときのこのスープごはんココナッツソース。ココナッツとごはんがあんなに合うとは思わなかった。
もりもり食べながら、気がつけば5時間もしゃべっていた。いろんな話をしたけど、困ったことも辛かったことも、最後は笑い飛ばしながら話せる相手は心地いい。逆に、いつも自分がどんなに大変かを切々と語り、どんなに励ましても「でもね・・・」と否定し続ける人もいる。そういう人は、きっとそういう付き合い方が心地いいんだと思う。私はそういう人の前からは早々に退散することにしているが。
帰りに、友達がおいしいお店のベーグルをくれた。明日の朝ごはんにしようと思う。
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| 11月1日(火) |
あらあら。もう11月。
早い。早すぎる。「10月は遊ぶから!」とあんなに宣言していたのに、大して遊ぶこともなく、もう11月だ。
今月は!本書き月間だ!どひゃ〜。
トップページでさり気なく紹介しているとおり、3月に行う第8回公演「言の葉の一滴」は、第3回杉並演劇祭参加作品である。8月に、企画書とプロットを送らなければならなかったので、おおよそのイメージはできているのだが、もう2ヶ月も前に書いたプロットだし、その間に「Forget
me not」をやって、プロット自体がなんだか私の中で過去のものになってしまったので、もう一度プロットから叩き直して書くつもりだ。
今回は、演劇祭からもらった2つのテーマを生かして作品を創らなくてはならない。
テーマとはすなわち、
「日本語の美しさを伝える」
「命の大切さを伝える」
う〜む、どちらも重たいテーマだ。でも、ある意味どんな本にも求められるぐらい、本質的なことだと思う。私としては、このようにテーマが先にあって本を書くのは初めてなので、ちょっとドキドキするような、わくわくするような。しかも今回は、舞台の大きさが格段に大きい。いろんなことができそうな気がするし、どんなふうに使うかも工夫のしどころだ。
そして、今日もちゃんとヘルシーウィーク実行中。ビールのことを想像しなければ、そんなに恋しくならずにすむらしい。。。 |