過去の日記へ
 6月27日(月)
 巷では選挙戦が花咲いている。日に日にヒートアップしていくようだ。これもひとつの集団心理で、当選目指して他と競い合っているうちに、ごく基本的な足元のことが判断つかなくなっている人もいるような気がする。たとえば、これから仕事に行こうと急いでいる市民の前に、立ちはだかるようにチラシを差し出したり、大音量のスピーカーを向けたりする配慮のなさ。また、走る選挙カーからほとんど半身乗り出して手を振っている候補者は、子どものころ「車から手足を出しちゃいけません!」と教わらなかったのだろうか?そろいのユニフォームでずらっと立ち並んでいる、おそらくはバイトと思しき支援者たちは、まるでひところの新興宗教のアピールみたい。そして、肝心の候補者がどこにいるのか、さっぱり分からない。
 まあ、選挙戦といってもやはりインパクトが大事だから、少しでもこちらの目を耳を引きたい気持ちは分かるが、勢いで常識を忘れるような人には政治を任せたくない。本人の考えを、本人の言葉で、聞かせてもらいたい。そんなに大声じゃなくても耳は遠くないのでよく聞こえる。そして、選挙前だけじゃなくて、たまにはふだんも街で姿を見せてほしいものだ。
◆◆◆
 柔道の谷亮子が妊娠したそうだ。めでたい、めでたい。
 妊娠3ヶ月の身で、3日前まで普通に練習してたっていうのがすごいよなあ。きっとものすごい子が生まれるに違いない。
 それにしてもこの人は、世界的な記録を出し続けながら、着々と恋愛・結婚・妊娠と一般的な人生も歩んでいるところがまたすごい。そして、それを支えてくれる周囲の人たちとの絆がすばらしい。
 「田村で金、谷でも金、そしてママになって金」と、大きくて具体的な夢を語る姿がとてもすてきだった。

 
 6月25日(土)
 昨日は、風凛華斬さんのワークショップに参加させてもらった。こちらの代表のSINさんと、ちょこさんは、初演Heavenを観に来てくださったぐらいなので知り合ってからは長いのだが、おたがいの公演以外の場所でお会いするのは実は初めて。仲のよさそうな、和気藹々とした劇団だった。
 気球計画からは忍ちゃんと私で参加したのだが、広い稽古場に20人あまり集まって、にぎやかな稽古だった。ストレッチ、筋トレに始まり、エアロビクスもやったり、チーム対抗のゲームがあったりと、盛りだくさんの稽古メニュー。そしてもちろん、稽古後の飲み会までフル参戦。今回は、暴言・失言はしなかった。と思う。たぶん。
 また、たくさんの人と知り合えることも合同稽古の醍醐味である。昨日は、とても若い男性陣が多く、話していて大興奮新鮮だった。ある大学4年生の男性は、「今、自分にとって何が一番幸せなのか、今後の進路を考えています」と話していて、心を洗われるようだった。自分にとって何が一番幸せか・・・ああ、なんてピュアな根源的な葛藤なのだろうか。私もそんなこと考えた時期があったはず。そしていまだに答えは出ていない;; また、はなまる大作戦のみちるさんにもお会いすることができ、お話できてうれしかった。
 そして感動的だったのは、飲み会での忍ちゃんの甲斐甲斐しさだった!さり気なくみなさんに料理をとりわける心配り、鍋の煮え具合をととのえる気遣い、合間を縫って控えめに名刺を差し出す謙虚さ、どれも私には真似のできない所作である。こういうメンバーがいなければ、気球計画はきっと「がさつな劇団」というレッテルを貼られてしまうに違いないのだ。
 今まで、はなまる大作戦や、サバイバーパンクスの合同稽古に参加させてもらったが、それぞれにカラーが違って、稽古メニューや進め方もいろいろで、とても勉強になる。いつか気球でも、そんな企画をやってみようかな。
  
◆◆◆
 高校時代の友達から、メールが来た。
 高校時代はそんなに付き合いはなかったけど、たまたま彼女のお母さんと偶然同じ職場になったりして、数年前に再会した。もう結婚していて、仕事もバリバリこなしながら、趣味のダンスやバレエにも打ち込んでいる精力的な女性である。うちの芝居も、何度も観に来てくれている。
 彼女のメールは、いつもさり気ない内省に富んでいる。一日一日をちゃんと振り返りながら、充実した毎日を送ろうとしている姿勢が感じられて、読んでいて気持ちがいいし、とても励まされる。自分も、今一度気持ちを仕切り直してがんばろうと思う。そして、これだけ意識的に、毎日をていねいに生きる人は、きっといろいろな痛みや理不尽を知っているのだと思う。
 私が思う、いい女の条件はたくさんあるけど
    誰のせいにもしないこと。
    人に期待する前に自分がやること。
    決して無理をして自分を削らないこと。
    肯定する言葉をたくさん持っていること。
    時間を大切に使えること。
 など。あ、男でも同じだった;;
 私のまわりのすてきな人はみんなそうだ。

 
 6月23日(木)
 今日は引きこも凛。プロットあと少し。妊娠5ヶ月ぐらい。
 全然動いてないのに体中がだるい。想像妊娠か!?
 明日はリンク劇団である風凛華斬さんの合同ワークショップに参加する。久しぶりに世間の風に当たってこよう。

  
 6月22日(水)
 今日も稽古。今日は初めて使う稽古場だったので、私を含めて道に迷う人続出。よい稽古場の確保って、小劇団にとって永遠の課題だったりする。誰か、稽古場つきの家でも建てないかな。しかも駅近に。
 今日の稽古は、やっててなんだか楽しかった。芝居そのものはまだまだなんだけれども(そもそもセリフがまだあやしかったりして ^^;)、役がだんだん自分の中に入ってきている気がした。この感覚は理屈ではない。役者やってて楽しいと思う瞬間はこんなときだ。
 今回の稽古場公演で、私はA・Bチームでそれぞれ違う役をやる。タイプとしては真逆な役なので、どっちも楽しみ♪

  
 6月21日(火)
 昨日、空中バレエの芝居を観に行った。当分は引きこもりのつもりだったが、前回舞台美術&舞台監督を担当してくれた染谷さんのホーム劇団でもあり、渾身の作品とのお誘いを受けていたので、やっぱり観たくなって麻布die pratzeへ。
 舞台は小物屋さん(棚が50p四方ぐらいの小さいブースに分かれてて、そのブースを借りて、手作りの商品を並べたりして販売するお店、何ていうの?高円寺とか下北沢とかによくあるやつ)だったのだが、とても手の込んだ明るい舞台で、劇場に入ったとたんぱぁっと開けていて、すてきだった。芝居上でも実際に使っている作品の数々は、本当に手作り作品を手がけている作家さんたちによるものだそうで、アクセサリー、パッチワーク、ガラス細工、陶器、フラワーアレンジメント、染物といろいろな品物が並んでいた。どれも凝っていてこだわりがあり、魅力的なものばかりだった。私が観た回は千秋楽だったので販売はなかったのだけれど、それまでの回は終演後に販売もしていたらしい。ちょっと残念、私もお買い物したかった。。。
 手芸とか、ちまちまと手作りするようなこと、実は私も大好きである。手作りの品には、作り手の心が宿る。大らかな人は大らかな作品を創るし、緻密な人は緻密な作品を創る。私は、黙々と作業に没頭している時間が好きだ。特に、編み物とか洋裁とか。淡々と手先を動かしながら、いろいろな考えごとや内省にふけるのだ。そうしているうちに、お気に入りの作品が出来上がるのでこんな楽しいことはない。といっても、最近では久しくそんな時間はないけどね。。。いつか余裕ができたら、和裁も習ってみたいな。

 今日は仕事帰りに例によってネットカフェ(まんが喫茶よりよほど聞こえがいいような?)に引きこもり。引きこもりん。
 まだまだプロットが仕上がらない。でも、今日はいくらか光が見えたような。自分との対話のくり返し。そして、世界との対話のくり返し。今までになくプロットに時間がかかる理由も分かっている。もう少しだ。妊娠4ヶ月ぐらい。
 本のことはさておき、ネットカフェというのは、ある意味、特殊な場所だと思う。あんなに近くに大勢の他人がいるのに、基本的に誰とも口をきく必要がなくて、ひとりの世界に浸れる場所って他にないと思う。女性は、心おきなくひとりになれる場所が実はなかなかない。こんな私でもけっこう気を遣う。ファーストフード系とか喫茶店は遠慮なく一人で入れるけど(それも苦手という女性はけっこういる)、飲み屋系はさすがに一人では気が引ける。ただの呑んべえなんだろうと思ってくれればいいんだけど、女が一人で飲んでいると「なぜ!?」と過剰に想像されている気がしてめんどくさいし、くつろげない。もう少し年をとったら、一人で飲んでもちゃんと絵になるオトナの女性になれるだろうか?
 まあ、とは言うものの、ネットカフェもすごく閉鎖的な環境で不自然だから、脱稿したらまず来ないけど。あんなブースに仕切られて、ブロイラーにでもなった気分。何はともあれ、次の本が仕上がるまでは仕方のないことだ。がんばれ、まつだりん。
 
 
 6月19日(日)
 昨日は、久しぶりのロング稽古だった。稽古場公演もどうにか通しをすることができ、ひとまず先の見えた感じ。6回目の稽古にして、よく通しまでこぎつけたよなあ。。。もうあと2週間後には発表なので、もうひとがんばりしたいところだ。夜は大八で晶子さんのハッピーバースデイ飲み。大八で飲むのも久しぶりだった。晶子さん、お誕生日おめでとう♪
◆◆◆
 今日は思いのほかたっぷりと睡眠がとれて、心身の疲労回復ができた。
 夜は殺陣教室に出かける。今日は、花丸さんが体験入学に訪れ、先週から復帰した森田くんも来て、人数が多くて盛り上がった。空手・アクション・木刀殺陣をやったが、新しいこともたくさんあって四苦八苦。ここ最近になく大汗をかいた。師匠の赤池氏はもちろん、花丸さんとか森田くんは、体がしっかりできているので動きの切れがよくて、見ていてうらやましい。私がやってるとどうもどんくさそうに見える。もうちょっと体そのものを引き締めないといかんな。
 と思ったそばから、やっぱり稽古後の飲みはやめられず。次回公演のことや本書きについて話す。なぜ私が、なぜ今、なぜこのテーマに出会ったのか?同じ創作者として共感してくれる人がいたり、アドバイスをもらったりして励まされた。作・演出なんていうのは結局ひとりだけど、待ってくれている人がいたり、こうして客観的に話ができる仲間に恵まれているのは幸せなことだと思う。
 気がつけばまた信じられないほど飲んでしまった。これからいよいよ暑い夏が来たら、いったいどれほど飲んでしまうのだろう。合掌。
 
 
 6月16日(木)
 アロマライトをもらった。
 コンセントに差し込むと明かりがついてきれい。そして、電球上部のお皿にエッセンシャルオイルを注ぐと、明かりの熱で次第に香り立ってくるしくみだ。
 私は嗅覚が鋭いのか、きつい香水とかハーブの香りは苦手。ついでに人のにおいにも敏感だ。自分のにおいはよく分からないけど、人もそれぞれにおいが違う。なんとなく好きなにおいとか、なんとなく苦手なにおいとかあって、好き嫌いって意外に本能的な部分で決まってるのかなあ、と思ったりする。
 このアロマライトは、香りがほのかでちょうどいい。朝はローズ系、夜はラベンダーの香りが好き。嗅覚の刺激も、気の持ちようにずいぶん影響している気がする。
◆◆◆
 昨日、仕事の研修で、かねてから聞きたかった先生の講演を聴くことができた。50代ぐらいで、どこか飄々とした不思議な風貌だったが、ひとたび話し出すと、ものすごくテンションが高くてすっかり乗せられた。
 仕事の話もさることながら、この先生はお笑いの世界にも通じているそうで、現代のお笑いの傾向を仕事にも取り入れているという。いわく、最近のお笑いは、オムニバス形式で短いものをどんどん繰り出す方が流行るというのだ。今ウケている芸人たちの芸風がたまたまそうだったわけではなくて、長い漫才をやらせても十分にうまい芸人が、あえてオムニバス形式を練習して取り入れているのだという。そうして初めて売れるのだと言う。それだけ、集中力を必要とせず、なおかつ飽きない展開が求められているのだろう。そうでなくても現代は、現実そのものが変化と刺激に満ち満ちていて、積み重ねは退屈なものになってしまっている。音楽で言うなら、サビだけを聴きたい、という感じだろうか。
 私自身は、そういう傾向を必ずしもいいことだとは思わないが(伏線とか、タメとか大好きなので)、なるほど、と思ってとても参考になった。できうるならば、より感受性の高さが見込まれる方法で、表現したいものだ。芝居が、見世物である限り。
◆◆◆
 今日は、仕事帰り、漫画喫茶にこもった。
 いやもちろん、漫画を読みふけっていたわけではない。一応、本書きのためだ。
 まったく、自分の部屋にいるとどうしてこうもはかどらないのか!!
 理由@ 急に、テレビをつけたくなる。
 理由A 急に、洗濯をしたくなる。
 理由B 急に、干してある洗濯物をたたみたくなる。
 理由C 急に、明日のゴミ出しのことが気になる。
 理由D 急に、メールチェックをしたくなる。
 理由E 急に、冷蔵庫の酒類が気になり出す。
 理由F 急に、ぬいぐるみをだっこしてみたくなる。
 理由G 急に、ベッドに横たわりたくなる。
 理由H 急に、睡魔に襲われる。
 自室にいるだけで、こんなにもリスクがあるのだ!これらの誘惑をクリアしなければ、自室で本を書くことなどできないのだ!
 その漫画喫茶は、ネット席がそれぞれ個室になっていて、しかもあまり繁盛していないようで(失礼)、静かで大変よろしい。ネットは見放題だから調べものもすぐにできるし、WORDが入っているのでメモリさえ持っていけば書くこともできる。今日は、女性サービスでお菓子をくれたり、プリントアウト代をおまけしてくれたりしたのでなおさら満足だった。
 え?進み具合?・・・あっ、睡魔が・・・おやすみなさい。
 
 
 6月13日(月)
 昨日は、夜の殺陣教室までは予定のない一日だったので、かねてから計画していたとおり、18年前の事件が起こった土地を訪ねてみた。

 まず、足立区の綾瀬駅へ。初めて降りたが、思った以上に大きな駅で、デパートやショッピングモールの並んだ駅前はずいぶんな人出だった。駅から少し離れると、小さな商店が軒を連ねており、その先には住宅が密集していた。大きな建物と言えば、東京武道館と学校ぐらいで、どことなく雑多な下町感が漂っている。
 事件のことを考えながら、綾瀬の町を2時間ぐらいひたすら歩いた。暑さと妙な緊張で、途中頭がくらくらしてきた。こんなに人のいる街中で、あんな事件が起きたんだ。何度も思う、どうして、誰も彼女を救えなかったのだろう。でも、当然のことながら街には事件の落とす影なんてもう何もなかった。晴れた休日らしく、にぎやかで活気に満ちていた。

 それから、新木場からバスに乗り、埋立地の若洲へ行った。目指すところへは休日はバスが通っていなかったので、途中のバス停からひたすら歩く。
 埋立地は、大きな倉庫が並んでいてまだ原っぱのようなところもあり、路上駐車のトラックと、時折乗用車が通る他は、本当に誰もいなかった。昼間なのに一人で歩いているとなんだか恐ろしくて、自然と足早に、何度も振り返りながら歩いた。夜になると、ここは暴走族の無法地帯らしい。
 どうにか現場と思しきところにたどり着くと、そこは本当に若洲の外れだった。今は新しいビルが建っていたけれど、誰もいなかった。さびしいところだった。こんなところに、と思うとまた涙がにじんだ。でも、最期の日々を過ごした綾瀬よりは、安息の地だったのだろうか。いや、亡くなっていたのだから安息も何もない。ただひたすら、手を合わせるより他になかった。

 しばらく前まで、事件の地名を見ただけでも動悸がして気持ち悪かった。それなのに今さら足を運ぼうなんて、物好きな感傷とも、悪趣味な野次馬根性とも、言えば言えるかもしれない。でも、事件の当事者の気持ちをたぶん万分の一も想像しきれない私は、せめて同じ場所に身を置いてみたかったのだ。何を見たのか、どんな思いだったのか。今を生きている私が、動悸なんかもよおしている場合じゃないんだ。法廷で見た神作譲の姿が、事件をこれだけリアルに私に植えつけたように、もっとずっと深く、自分の中に刻みたかったのだ。絶対に忘れないように。決してなかったことにはしないように。

 
 6月8日(水)
 気球日記をどっと書きだめしてみたりして。
 最近、快調に続けていたのだが、やっぱり飲んだ帰りに書くのは無理である。飲んで帰ったら、ベッドまっしぐらだし。今日は稽古だったけど、飲まなかったから久しぶりに帰りは早いほうだ。千葉や茨城や埼玉の人は、もう家に着いたんだろうか。

 芝居を創るとき、私はたいていテーマソングに出会う。本を書くとき、イメージをふくらませるとき、ずっとリピートしてその曲を聴き続ける。
 次回公演「Forget me not」は、タイトルが先に決まった。なんとなく思いついて、これならイメージにも合うかなと思った程度だったので、最初は仮題のつもりだったけど、このままいくことにした。すると、ある人から「曲の名前と間違われない?」と言われた。そう言われるまで結びついていなかったのだが、たしかに同タイトルの尾崎豊の曲がある。
 昔、尾崎豊の曲をよく聴いていた。「Forget me not」は当時あまり聴いていなかったのだが、大学生になって中学校に教育実習に行ったときに、ある男の子が「これいい曲だよ」と聞かせてくれたのがこの曲だった。私は、自分より10歳近くも年下の、世代の違う子と、同じ人の歌に共感しているのがなんだか不思議で、嬉しかったのを覚えている。
 オトナになってからは、尾崎豊はもうずっと聴いていなかった。思春期を過ぎて、あのストイックさが、カッコ悪いと感じたりした時期もあったのだ。でも最近、「Forget me not」をあらためて朝から晩までずっと聴いている。それで頭の中を満たしている。
 どうしてこのタイトルを思いついたんだろう。どこか潜在意識の奥の方で、私にも分からないつながりがあったような気がする。

 
 6月7日(火)
 仕事帰りに新宿で、先日公演を終えたばかりの作・演出家と飲んだ。おたがいの芝居の話や、なんだかんだといろんなことを話しているうちに、閉店で追い出される。
 稽古帰り以外の飲み会は、これにてしばらく打ち止め宣言。しばらくは付き合いの悪いひきこもりでいこう。

 飲む前に、少し時間があったので、紀伊國屋書店へ。
 紀伊國屋書店にあるKINOナビという本の検索機は、ものすごく便利だ。本書きの資料として探していた本(ちょっと昔の本)が、どこにあるか一発で分かって手に入ったので、満足。
 先日、父と話して最近の日中関係やこれまでの経緯(歴史)に興味を持ってから、参考になる資料はないかと父にたずねたところ、たちどころにメールでいくつかの論文が送られてきた。さすが私の父親、ダテにマニアックではない。また、「高校の教科書でいいから、今までの歴史をもう一度さらってみなさい」という助言があったので、ついでに高校の参考書売り場へ。教科書はないかも、と思ったのだが、大学入試でよく使われる山川の教科書が売っていた。その昔、現役受験生だった私も買った本。装丁も変わっていなくて、なつかしい!!日本史と世界史の両方を購入、またその他のおすすめ図書を3冊購入した。今すぐには読めないけれども、本が書けたら、このへんのことをもっとちゃんと勉強したいな。
 私は、こと世界史がらみのことになると、自分がバカなんじゃないかと思うくらい物知らずだったのだが、よく考えてみると、世界史を学校でちゃんと学習した記憶がないのだった。中学校は転校した前後であいにく歴史の学習順序が異なり、日本史だけを2回習うことになった。高校のときも日本史と地理しか選択しなかったので、高校受験のために我流で勉強したきり世界史とは縁がなかったんだなあ・・・学校教育って、やっぱり大切なんだとあらためて気付いた。

 
 6月6日(月)
 また転んだ。
 うう。
 まあ、今日のは酔っ払っていたわけではなくて、仕事中の事故なのだが、顧客(?)が転びそうになったのをかばおうとしたら自分が思いっきり転んでしまった。はいていたパンツもろとも膝をすりむき、いい感じにパンクなファッションになってしまった。最近の私は、足元になにか悪い霊でもとりついているのかもしれない。。。
 
 仕事帰り、新しい友人と飲んだ。
 人見知りな私にしては珍しく気どらずに話せる人だったので、楽しかった。仕事つながりでも芝居つながりでもない、新しい知り合いができたのは、もしかするとちょっと久しぶりなことかもしれない。自分の知らない世界の人と話すのはとても新鮮。私が当たり前と思うことを簡単に否定されたりもするし、逆に私がよく知っていることを全然知らなかったりする。それでも、どこかしらで同じ価値観を共有できたりすると、意外なつながりを感じたりもして、人との出会いって本当に不思議だ。

 
 6月5日(日)
 サンダルやっこ氏と明治公園のフリーマーケットにお店を出した。衣替えがてら、もう着なくなった洋服やカバンなどを売り物として準備し、2人でシートいっぱいに売り物を並べた。A型なサンダルやっこ氏はすでに値札やつり銭もばっちり用意してあったが、O型な私はもちろんその場で値段を決めるような適当ぶりである。それでも、しめて9000円ぐらいの儲けにはなったから、まあちょっとしたお小遣い稼ぎ。
 それにしても、予想外だったのはあまりにも晴れすぎたことだ。予報では曇だったのに、お昼前からほとんど真夏の日差しに。うっかり帽子を忘れてしまった私は、「ああ、熱中症って、こうやって発症するんだなあ・・・」とおぼろげな意識の中で実感することになった。手足や胸元はいちはやく日焼けして真っ赤に。せめてもの景気つけに冷たいビールを飲んだが、あっという間に発汗されて何の効果もない。みなさん!紫外線対策は万全に!
 でもやっぱりフリーマーケットっていいな。青空の下でのんびりできるし、お店やさんごっこしてるみたいで楽しい♪
 
 
 日がな一日、直射日光にさらされていたので無性に眠かったが、夜は殺陣教室へ。先週は仕事で行けなかったからちょっと間が空いてしまった。最近、殺陣教室では、稽古の前に稽古場の雑巾がけをしている。たいていの稽古場は、裸足で稽古をすると足の裏が真っ黒になってしまうからだ。これが、けっこういい準備運動になる。
 今日は空手の形を教えてもらった。突き・蹴りは今までもやってきたけれど、形は初めて。難しかったけど、おもしろかった。長く踏襲されてきたものには、無条件にそれなりの価値がある。決まった形をていねいに身につけることは、地道な努力だけれど大切なことだと思う。

 
 6月3日(金)
 最近の気になったニュース2件。

@ガードレールに金属片
 最初に聞いたときにも、信じられないことする人がいるなあと思ったが、全国で1900件も見つかり、しかもほとんどすべての都道府県で見つかったと聞いて、呆れてしまった。
 明らかに無差別に誰かを傷つける意図で、人目を盗んでガードレールに細工している後姿とか想像するとぞっとする。そしてそいつは、自分の細工のために人が負ったけがが大きければ大きいほど、面白いのだろう。20針も縫うようなけがって、どういうことか分かってるんだろうか。
 尼崎の事故以来、あちこちで線路妨害が増えているらしい。つかまった人もいるが、「同じような事故を起こして世間を騒がせたかった」とは、いったいどういう了見なのか。ならばせめて、事故車両に自分も乗って、もっともリアルな場所で騒ぎを体験してくれ。
 どんな理由でも人を傷つけることはいけないが、恨み辛みでも、せめて「カッとなった」程度でも、相手との関係性があるのならまだしもわかる。でも、無作為に人を傷つけることによって充足感を得ようというのは、それとは根本的に違う。そこには何の関係性もなくて、他人をモノとしてとらえているとしか思えない。
 そんな人が全国的に潜在しているとすると、これは、増えすぎた人類が自ら淘汰するために出現した「進化」なのかもしれない、などと壮大なことまで想像してしまう。それならば、そういう人から先に淘汰されてほしいのだが。
 ともかく。身近なガードレールに危ないものなんかついていたら、不注意な私は真っ先に被害者になるに決まってる。やめてほしい。
 
A日本の出生率、ますます低下
 一人の女性が一生の間に産む子どもの人数が、1.29人になったらしい。昨年並みということだが、小数点以下まで比べると相変わらず最低記録更新中。しかも、気球計画の活動拠点である杉並区は、なんと0.7人らしい。ふつうに考えて、人口を横ばいに保つには一人の女性が2人以上産まなければならない。日本の将来を考えると、これは本当に憂うべき現実だと思う。
 そもそも、もはや現状では日本の男女の関係も家族のあり方もすでに膠着しているので、ここは抜本的な打開策が必要だと思う。たとえば・・・
A案:2人以上産んだ人、また若くして産んだ人への助成金を破格に引き上げる。10代の夫婦とかはけっこうお金持ちになれる。
B案:外国人をどんどん受け入れる。外国人との結婚を容易にする。
C案:里親制度をどんどん奨励する。国でPRする。
D案:会社や学校には、託児施設を設置しなければならないことにする。そこで定年退職した方々を再雇用すれば、おばあちゃんの知恵もいただけるし。
E案:50でも60でも子どもが生めるように、医学を進歩させる。
F案:人生一度は結婚しなければならないことにする。
 適当な思いつきばかりで、どこかの団体から怒られそうですな。
 それにしても、未来の日本のために、もっと本腰を入れて出生率アップに投資しないといかんと思うわけです。その反面、貴重な子どもが親に虐待され、殺されたりしているのを聞くと本当に胸が痛むのです。
 え?私?一人も産んでません。なぜだろう?いや、産まない決心をしたわけじゃないんだけど。いつかは産みたい気もするけど、今はいいや。そうか!!こういう人が出生率を引き下げているのだな、きっと。

 
 6月2日(木)
 もう!またフォントが減ってるよ!私のPCはおかしいのだ、時々フォントがどんどん減って、明朝体すらなくなってしまい、ツールバーの矢印とかウインドウを閉じる×までも文字化けしてしまうのだ!今まではWORDを再インストールすると治ってきたけど、めんどくさい!誰かこのミステリー現象の原因を知ってる人、教えてくださいっ!
◆◆◆
 18年前の事件を調べていて、ふと、この日自分は何をしていたんだろう、と思った。そして、あ、と思い出した。部屋を探してみると、案外あっけなく見つかった21冊のノート。その存在すら忘れていたが、私は当時ずっと日記をつけていたのだった。少なくとも、気球日記よりはまめに、大量に。
 その頃、私は卒業間近の中学生だった。今読むと、顔から火が出るほど幼い日記だが、それでも読んでいると当時の空気が突然リアルに立ち上がってきて緊張した。なにかを一歩踏み外せば同じような展開になりかねないようなことが、私の周りにもあったのだ。あの事件は全然別世界の話ではなくて、自分も同じ時代を同じように生きていたのだ。
 日記を読み返してあらためて思うけれど、当時の私はたぶんエキセントリックだった。女の子同士できゃあきゃあするのは苦手で(それは今も)、友達と遊ぶよりもできれば一人で静かに本を読んでいたかった。部活みたいな一致団結感も好きじゃなかった。でも一方では、自分の中にいつもどろどろした葛藤やらエネルギーやらを感じていて、家では徹底的に反抗期だった。教室ではやたらにまじめで無口なくせに、いわゆる不良の子たちと心を通わせたりしていた。かと言って、一緒にグレてしまえるわけでもない自分が中途半端で、何がしたいのか分からなかった。あの人たちは、今はどうしているんだろうか。当たり前のことだが、私と同じ年になっているはずだ。
 日記を読んで気づいたことがもう一つ。自分が一喜一憂するポイントと、その一喜一憂ぶりが恥ずかしいほど今と変わっておらず、こんなにも変わらないものなんだなあと赤面。それから、結局のところ自分勝手だったりするところも。表出されるものがどんなに変わったとしても、性格の根本的なところは、あの頃にすでにできていたということか。当時と今を比べて変わったのは、感情ボルテージを多少コントロールできるようになったことと、冷却期間を置けるようになったこと。昔は、自分が熱くなればなるほど、事態がこんがらがればこんがらがるほど、すぐにどうにかせずにはいられなくなっていた。今は、しばらく放っておくこともできるし、ある程度静観することもできるし、いっそ気持ちに区切りをつけることもできる。それだけでも、少しはオトナになれてよかった。
 そして、あのころ「つよくやさしくうつくしくなりたい」と書いたねがいは、今も続いている。将来、こんなふうに読み返すなんてこと、あのころは想像もしなかったな。
 
 
 6月1日(水)
 今日から、6月。
 今日から、本書き月間。
 自分の中の逃げ道を断つためにも、ここで声高に叫んでおかねばなるまい。
 本書き月間とはすなわち!遊んで時間を無駄にしている場合ではない!転んで体力を浪費している場合ではない!アルコールで脳細胞を麻痺させている場合ではない!と、まあ、そういうことだ。。。初日の今日は、おとなしく寄り道しないで帰宅した。日が伸びたせいでもあるけれど、外がまだ明るいうちに帰宅したのは久しぶり。
 先日読んだ奥田英朗の「マドンナ」を最後に、小説たちともおさらばした。私は読書が好きだが、書き終わるまでは次回公演に関係のない本は読まないのだ。 

 そうそう、6月から始まったことといえば、気球計画のメールマガジン、「気球VOICE」が本日より創刊となりました。まだ試行錯誤状態ではありますが、劇団の近況やメンバーからのメッセージ、公演に関するお得な情報などをお届けしていきたいと思います。「届いてないけど読みたい!」という方は、トップページの申し込みフォームよりお申し込みください。どうぞよろしくお願いします!