過去の日記へ
 12月27日(月)
 
 今日で、実質的な仕事納めだった。
 2年間一緒に研究をしてきた方々と、来月の発表に向けて話し合い、帰りにささやかな忘年会。年齢はさまざまだが、みんなバリバリと仕事のできる人ばかりで、話していてとても勉強になり、刺激を受ける。来年もまた、がんばろうっと。
 さて、明日からはいよいよ、公演に向けてひた走る毎日だ。あと2週間足らず、精いっぱい楽しむことにしよう。明日はさっそく、朝から舞台がらみの買出しだ。

 年賀状から現実逃避している。はがきはだいぶ前に買ったのだが、まだ1枚も書いていない。
 そうこうするうちにもう27日だ。元旦到着はすでに無理と思うと、なおさらやる気がしない。そのうえ、パソコンの調子が悪く、まずはそちらを解決しないとプリントアウトもできない状態。くぅ・・・。
 しかたない。そろそろ取りかかるとするか。
 
 
 12月26日(日)
 
 昨日・今日で、気球計画恒例・公演前の合宿稽古が終わった。長くて濃密な2日間だったけど、終わってみればあっという間。遅れていたダンスの振付とフォーメイションもようやく全部決まり、ホッとした。
 今までの経験からすると、合宿が終わると芝居が一気に走り出す感じがする。今回は、稽古予定がちょっと立て込んでいるので、いつもみたいにエチュードやったりインプロやったりして遊ぶ時間はなかったけど、それでも予定通り初通しをすることができた。初通しにかかった時間、2時間18分。な、長い・・・。これからの稽古で、しっかりと絞り込み、1時間50分を目指そう。
 それにしても、かぜが蔓延している中、それでも負けずに夜は大酒を飲み、きつい稽古を乗り越えたみんな、本当にお疲れさまでした。
 
◆◆◆
 
 先日、下北の駅前劇場でキューピーマジックの「黒いスーツのサンタクロース」を観た。
 この芝居は毎年この時期に再演を繰り返している作品で、私がこれを観るのは、たしか5回目。去年は劇場の都合で上演しなかったから、一番最初に見たのはもう6〜7年前だと思う。こんなに何度も観ている芝居は、他にはない。いや、そもそもこれだけ毎年再演を繰り返している芝居もなかなかないだろう。
 大好きな作品だし、何度も観ているから、ストーリーは全部分かっている。そのためか、さすがに回を追うごとに感動に慣れ、初めて見たときのように号泣することはなくなっていた。
 だがしかし、2年ぶりに見た今年は、久しぶりに泣けて泣けて仕方なかった。メインのキャスティングに変更はないし、なにか新しいセリフが増えているわけでもない。それなのになぜだろう、と考えてみた。・・・それは、きっと役者や作品の成長が見えたからだと思った。主役の女性は、以前はもっと勢いよく、大きな芝居で演じていた。しかし、年月を経て、もっと力の抜けたナチュラルな演技に変わってきていた。それが、物足りなく感じた年もあったのだが、今回はさらに、けだるさと苛立ちの中に傷ついた心を押し隠した、切ない大人の女性が出来上がっていた。脚本も、以前もっとたくさん織り込まれていた笑いの部分はだいぶカットされて、すっきりとした大人路線に仕上がっていた。大声を張り上げたり、強い感情表現をすることだけが芝居なのではなくて、ほんの小さなつぶやきや沈黙の中にも、本当に多くのものを表現できるのだなあと感じた。そして、だからこそ、生身の感情が見える瞬間が、身を切られるように痛いのだ。そんなふうに感じられたのは、この劇団の役者さんがそれぞれに年もとり、演技に磨きをかけてきたからだと思う。そして逆に言うなら、それが分かるようになった私自身の変化でもあるわけで。
 また、これだけ何度も観ていると、キャスティングの変更ももちろんすぐにわかる。私が見てきた限り、ずっと役者が変わっていない役は3役だけであり、あとは2人目・3人目と演じる役者さんが変わっている。今回の客席にも、以前出演していた役者さんの姿を見つけた。前の人との違いを「ああ、こう来たか」と楽しむこともできるし、相手が変わるとこうなるのか、という発見もあったりして楽しい。そして、そうした変化を飲み込みながら、毎年少しずつ手を加え、工夫を加え、大切に作品を育て続けていることに尊敬の念をおぼえる。きっと、そのかげにはいろいろな苦労もあるだろうに。
 また来年も、やっぱり観たいと思っている。
 
◆◆◆
 
 最近、ドンキホーテの放火事件があとを絶たない。3人が亡くなった大和田店、そして昨日の環八世田谷店の全焼は、本当にひどいものだ。うちの近くにもドンキホーテがあって、ときどき買い物に行くので、他人事とは思えない。
 圧縮陳列とかなんとか、ドンキホーテ側の不備も指摘されているようだが、言うまでもなく一番悪いのは放火した犯人だ。どうして、他人のものに火をつけたりできるんだろうか。どんな言い分があっても許されることではない。
 ちなみに、刑法によると放火犯には、死亡者の有無に関わらず死刑の可能性がある。殺人だってひとり殺しただけではなかなか死刑にならないのに、放火の場合は誰も死んでいなくても死刑になるかもしれないのである。実は殺人よりも重い罪だったりして。

 
 12月22日(水)
  
 こないだの日曜日、大切な借り物を返すために、新宿で友達と会った。
 友達の奥サマも一緒に来て、3人でお昼ご飯を食べながら、久しぶりにいろいろ話をした。そこの夫婦は先月赤ちゃんが生まれたばかり。ときどき芝居を見に来てくれる奥サマは、「もう、毎日寝不足で・・・」と言いながらも、幸せそうだった。父親となった友達はさっそく親バカぶりを発揮して、「見て見て」と携帯で撮った赤ちゃんの動画をたくさん見せてくれた。目が大きくて、かわいい赤ちゃんだった。
 それでも、会って話すことはいつもと変わらず、高校時代のあいつはどうしたとか、こないだ誰々に会ったとか、そんな話で盛り上がる。みんな今では立派な大人の年齢となり、生き方もさまざまだけど、会えばそのさまざまを語り合えるのが楽しい。友達ってありがたいな。
 帰り際、「子育て大変だろうけど、がんばってね」と言うと、「うん。大変だけど、でもすっごく楽しいよ。その楽しいところをもっとみんなに分かってもらいたいと思うな」と言っていた。ほほう、なるほど。そんなに楽しいのか。じゃあ、私もそのうち、2〜3人産んでみようかな。そして、日本人の平均オデコ面積を引き上げるんだ。
 
 その後、友達と別れて地元の駅で母と会った。
 母とは今では数ヶ月に一度会うぐらいだが、会うとたいてい小さなブティック(死語?)を見に行く。おばさん向けのブティックだけど、意外とセンスのいいものが置いてある。それに、店のマダム(これも死語?)が個性的で憎めないので、商売トークと分かっていても乗せられるのがおもしろい。そこで2人してとっかえひっかえいろいろなものを試着し、おたがいの気に入ったものに感想を言い合って、何点か買う。それから、喫茶店でしばらくおしゃべりして別れた。
 私が子供のころ母は忙しかったし、思春期は反抗的な娘だったので、こんなことをするようになったのはだいぶ大人になってからだ。女同士だからこそできる楽しみ。年をとった母は、だんだん無邪気になっていくように見える。
 
◆◆◆
 
 先日、おもしろいものを買った。その名も、マジック・クリスマス・ツリーという。半日でクリスマスツリーができるというのだ。ものぐさな私にはうってつけではないか。
 まず、パッケージを開ける。ツリー型の、ペーパークラフトのようなものが入っている。説明書に従って、ペーパークラフトの枝を広げ、ガーラント(飾り)を巻きつける。こんなものが、本当にクリスマスツリーになるのか!?
  
とりあえず飾りつけてみたけど?
 そこのシャーレにマジックウォーターなるものを注ぎ込み、しばしほったらかす。1時間ほどしてふと見ると、おおっ!本当に、伸びた枝の先から少しずつ緑色の物体が育っているではないかっ!もわもわとしたスポンジ状で、植物なのかなんなのかよく分からないが、とにかくクリスマスツリーらしきものが育っている!
 さらにほったらかすこと5時間ぐらいでこんなに茂り、星をつけて飾りつけをしたらかわいいクリスマスツリーとなった。部屋の中が暖かかったせいか、半日もかからなかった。見るたびに少しずつ変化しているのがおもしろかったし、なかなか楽しめた。 もっともこのツリー、3〜4日しかもたないそうだが。

 ということで、世間はクリスマス真っただ中である。
 それとは無関係に、私は振付真っ最中である。映像の人が、じりじりとプレッシャーをかけてくるので、いよいよあせり気味。映像の人には、先日新しい注文をつけて、ダンスのことなど気にせず映像作りに集中できるようにしておいた。必殺・目くらまし作戦。しかし、それもいつまでもつか…。
 まあ、ダンスに限らず、今回はとにかく時間との闘いだ。がんばれ、がんばれと自分につぶやく。泣いても笑っても、あと3週間足らずで幕が開くのだ。

 
 12月15日(水)
 
 かわいいものをもらったので、気球日記をちょっとリニューアルしてみた。木彫りの気球とバイクに乗る猫たち。なんてかわいいんだ。

 私は、刺激的な食べ物が苦手だ。
 からいもの、苦いものは基本的にだめ。七味唐辛子とも縁がない。にんにくもない方が好ましい。寿司もできればさび抜きでいい。
 中でもねぎ類は天敵だ。ねぎときたら、あのにゅるっとした歯ごたえも気に食わないし、だいたい自己主張が強すぎる。何もかもをねぎ味に染めていくのだ!豚汁もラーメンもサラダもかき揚げも、食べ終わったあと、ねぎを食べたことしか思い出せないぐらい、後味が「ねぎねぎ」してしまうのだ!いいか、お前は主役じゃないんだぞ、と小一時間ばかり説教をしてやりたいくらいだ。たまねぎに至っては、いろいろに姿を変えて正体を隠し、何食わぬ顔をして料理に潜んでいることがあるから気をつけなければならない。うっかり食べれば、また「ねぎねぎ」に襲われるのだ!
 そんな私だが、おととい韓国料理の店に行った。
 お店に入って楽しく飲み始めたのはよかったが、その店はかなり本場仕込みな感じで、どの料理もからいからい。私の大好きなナムルでさえ、キムチ風になっていてからい。口の中がヒーヒーフー状態になればなるほど、お酒が進み、食事が進み、からくてもおいしいってこともあるんだなあと新発見。最後は韓国のお酒マッコッリもおいしくいただき、いい気分で店を出た。
 いい気分じゃなくなったのは、帰りの電車の中だった。血の気が引くような感じで気持ちが悪くなってきて、立っていられなくなってきた。最初は貧血かと思ったが、途中下車して休んでもいっこうによくならない。おなかもずーんと重い。そんなこんなで休み休みしながら、どうにか家にたどり着いたときには息も絶え絶えであった。
 翌朝目覚めたときには治っていたが、やっぱりからいもの恐るべし!胃腸は丈夫なほうだと思っていたのに、ここにも天敵がいたとは!しばらくトラウマになりそうだ。

 えーと、それはさておき、そろそろ本気で振り付けを考えなくてはならなくなってきた。まあ、今回はそんなにダンスらしいダンスにはしないつもりなので、いつもほどの練習はいらないが、それにしても稽古の残り回数を考えるとのんびりしてはいられない。やるべきことを、できるだけ後回しにしようとするのが私の悪い癖だ。現実逃避、万歳。
 芝居の中にダンスを入れるか入れないかは、好みが分かれる。しかし、私はダンスの入る芝居が好きだ。ダンスには、無条件に見ている者の心を躍動させる魅力がある。言葉を使わずに、たくさんのことを語ることができる。きっと人間は、悲しいときにも踊るのだ。今回の芝居はシリアスなので、ダンスを入れるかどうか迷ったが、やはりいれることにした。今回のテーマは「雑踏」だ。シリアスならではの、緊張感や緊迫感のある振り付けにしたい。しかし、今日はもう眠いから寝る。おやすみなさい。
 
 
 12月12日(日)
 
 昨日の殺陣で、今週もまた体を壊しながら気球の稽古場へ。
 ここ数回の稽古で、キャスト全員の役の履歴が終わった。気球では毎回やっている稽古だが、キャスト一人一人に役の今までの人生を妄想たくましく語ってもらう、役作りを深めるための稽古だ。今回も、一人一人の語る人生が本当に面白かった。そして、みんなで質問し合うことで予想外なエピソードが生まれたりして楽しい。
 みんな、脚本家になればいいのに。
 
 さて、正月早々に公演を組むと、どういうことになるか。それが、身にしみて分かってきたこの頃。
@忘年会と稽古の応酬。
 スケジュール帳を開くと、忘年会と稽古がサンドイッチ状態になっている。つまり、毎日のように飲むことになるわけだ。
ADMと年賀状の応酬。
 つまり、ここのところ手紙を書きまくりだ。時期を外すと両方がほとんど間をおかずに届くことになっていささかカッコ悪い。とにかくDMはもう一日でも早く出してしまわねば。ああ、いっそ公演はがきを年賀状に使いたいぐらいだ。
B正月休みと印刷物入稿の応酬。
 つまり、締め切りに追われまくりなのだ。先日チラシができたと思ったら、もう当日パンフを入稿しなければならない。印刷屋さんの正月休みに引っかかって当日に間に合わなかったら、笑い話にもならない。
 まあ、そんなこんなで多少の制約はあるにせよ、正月休みを稽古に使えるメリットは大きい。社会人や学生の多い劇団としては、公演直前に芝居のことだけ考えて集中できるのはとってもうれしいこと。そこで追い込みができるという稽古予定が、今はまだ安心感を与えてくれる。といっても、もういよいよ本番まで1ヶ月をきっているのだが。

 今日の稽古では、とまっちが来てくれて、音録りを行った。なかなかよい稽古場だったのだが、今まさに録音しようというときに限って、表の車通りが激しくなり、階下のバレエ教室の音楽が大きくなり、ロビーの人々が大声で話し出し、あげくにカラスが鳴きまくるわで、苦戦した。でも、最終的にいい音が録れて、あとは加工が楽しみだ♪
 
 
 12月5日(日)
 
  一昨年、20年来の爪を噛む癖を克服して、爪を伸ばせるようになって以来、マニキュアを塗ることが以前より多くなった。季節や気分に合わせて何色の指先にしようかと考えることは楽しい。また、同じように人の指先にも自然と目を向けるようになった。
 私は仕事関係の諸先輩方を見ていて思うのだが、デキる女性はたいてい指先がきれいだ。センスのよい色のマニキュアを丁寧にぬっていたり、何もぬっていなくても爪の形がきちんと整えられていたり、手入れが行き届いている人が多い。人一倍、忙しいはずの人でも。
 それだけ、自分の体のメンテナンスがすみずみまでできているということなのだろう。メンテナンスは効率のよい仕事をするためには何よりも大事なこと。また、マニキュアをぬる時間というのはちょっと特別。少しの集中力と手先を使って単純作業に取り組む間に、ニュートラルな状態で考えごとをしたり、振り返りをしたりすることができる。そして美しい指先が出来上がる。そういう時間をきちんと確保しているかによってメリハリがついて、生き方が変わってくるのかもしれない。ささいなことだけれど。
 私は、しょっちゅうマニキュアを塗り忘れたりはがれかけたままだったり、うっかり伸ばしすぎたりしている。そんなときは、自分の中であせっていたり、余裕のないときなのだろうと思っている。忙しくても、疲れていても、きちんと自分を振り返る余裕は持ちたいものだ。

 昨日は殺陣の稽古。このたび、居合い着を新調して稽古にのぞむ。うっきうき。はじめに、帯の結び方や、はかまのつけ方を教えてもらった。思ったより動きやすいし、気持ちが引き締まるのでいい感じ。衣装負けしないように稽古をがんばろう。
 ・・・と気合を入れて稽古したせいか、翌朝の今日はベッドの中で体がバリバリいいそうなほど全身筋肉痛で、身動きがつらかった。稽古のたびに筋肉痛にならないようになったら、少しは体や身体感覚が変わっているだろうか。私は全体的にがしがしと力が入りすぎているようなので、無駄に体力を使いすぎているのかもしれない。
 まだまだ下手っぴぃだけど、赤池さんが上手に教えてくれるし、稽古場の雰囲気がよいので、殺陣は楽しい。

 今日は気球のロング稽古だった。午前中からスタッフミーティングもあったので、ほとんど一日中稽古場で過ごしたような感じ。今日は役の履歴もあり、あちこちシリアスなシーンの稽古もあり、長くて濃い稽古だった。
 来月の明日にはもう小屋入り。限られた時間の、先が見えてきた。一回一回の稽古を大事にしたい。
 
 
 12月1日(水)
 
 気がつけば、今日は私の誕生日。
 昨年の誕生日は、私にとってとても大きな節目だったが、今年は日々の忙しさに取り紛れてあれよあれよという間にこの日が来てしまい、なんだかあっけない。おめでとうメールをくれたみなさま、隠しページで驚かせてくれたそこのあなた、どうもありがとう。
 去年、30歳になったとき、周囲の人から「30になったら、楽になるわよ」「30代っていいわよー」とよく言われた。そのときは、実感もなかったし、そうかなーと思っていたけれど、一年たってみて「あ、そういえば楽になったかもしれない」と思う。なにが変わった、というほど具体的なものではないのだけれど、つまらないことに前ほどこだわらなくなったし、変にまわりを意識して緊張することもなくなった。というか、こだわっている自分や緊張している自分が見えるようになってきたので、自分でどうにかできるようになった。あるいは、どうにもできなくてもいいや、と思えるようになった。この際、できることをやって楽しむほうが先なのだ。そして、どうせやるなら思いっきり。

 今日は、シアターアップルへ鴻上尚史の「リンダリンダ」を見に行った。全曲ブルーハーツの曲を使ったミュージカルで、途中15分の休憩を挟んでのべ3時間半近くに及ぶ舞台だったが、何度バカ笑いをし、何度ジンと来たか知れない。カーテンコールでは、おもちゃ屋さんのサルのように手を叩き続け、2度目のカーテンコールで全員がリンダリンダを歌い、客席が総立ちとなったときは、本当に感無量でまた涙ぐみそうになった。
 私はタモリほどではないがミュージカルはあんまり得意ではなくて、それよりストーリー性の強い芝居の方が好きなのだけれど、この作品はストーリー性の濃さもさることながら、歌と芝居がとてもマッチしていて生かしあっていた。役者の中には歌手の人もいて、全員ものすごく歌がうまかったし、やっぱり歌には説明不要の説得力があるんだなあと実感。それに、もともとブルーハーツは大好きなので、それぞれの曲に思い出もあり、とにかく最初から最後までのめりこみっぱなしだった。
 物語は、あるバンドのボーカルだけが大手のレコード会社に引き抜かれて、解散の危機を迎えることに始まる。そんなありがちな設定なのに、物語は意外な展開を見せてとんでもない方向へ向かっていく。それは、ほんの少しのボタンのかけ違いのようでもあるけれど、おおごとのきっかけというのは元をただせば案外そんなものなのかもしれない。そして、それを推し進めるエネルギーが、信念であったり、意地であったり、あるときは夢であったりするのだと思う。それがいつの間にか現実を離れてしまっても、エネルギーには慣性の法則があり、事態は展開し続けていく。そんなふうにして起こっている事件が、今私たちの身のまわりにもたくさんあるのではないか。私たちは、時々立ち止まって考えてみなくてはならない。本当に望んでいる未来に近づいているのだろうか?・・・そんなことを考えながら見た。テーマは重かったけど、笑いどころも多くて楽しめたし、役者が全員ものすごく魅力的だった。それに、舞台も照明も派手で、なおかつぜいたくにも生演奏だったし、あー、おもしろかった。
◆◆◆
 今日、あることがあって、少し泣いた。ここしばらく、感動したときと凄惨な事件に出会ったとき以外、涙を流していなかったので、自分でもちょっと驚いた。もう、そんな涙を流すとは思っていなかったのに、急にいろいろなことを思い出して、気がついたら泣いていた。
 時間がたっても、風化も解決もしないまま色褪せないことはある。分かっているのに、ふだん忘れかけていて、ふと実感したときに心が立ちくらみしそうになる。

 そんなこんなで、濃密な誕生日だった。昨日までの一年は、いろんなことがあったけど、楽しく幸せな一年だった。今年も、充実の一年にするべく、泳ぎ続けます。よろしくお願いします。