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 11月29日(月)
 
 こないだの土曜日は、殺陣教室だった。先週行けなかったので、2週間ぶり、2回目。今までジュニア用の少し短い木刀を使っていた私は、このたび新しく木刀を新調して参加した。
 さあ、新しい木刀を振るうぞ!と思いきや、なぜかマットを並べ始める赤池氏。え???受身の練習をするために、まずマット運動の基礎から始めると言う!なんと・・・それから、前転・後転、伸膝前転、開脚前転、側転などなど、さまざまな技を練習した。
 実は、私はマット運動はかなり苦手だ。いや、マットに限らず運動全般が苦手だったけど、マットは特に苦手だった。中学校の体育で同じような練習をした覚えがあるが、全然うまくできなかったし、とにかく恥ずかしかった記憶しかない。あのときを最後にもうマットとは縁が切れたと思ったのに、人生の途中でまた出会うとは・・・。でも今回は、できなくてもいいやという開き直りがあるし、カッコつけたいような相手もいないので、臆せずひと通りチャレンジしてみた。やっぱりうまくいかなかったけど、楽しかった。できないからといって変に緊張せず、できないことを楽しめるようになったのも、大人になったからかしら。
 それにしても、講師の赤池氏は殺陣に限らずマットをやる姿も美しくて、もはや人間技とは思えない。正体はデカレンジャーに違いない。
 
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 気球の稽古は、昨日の稽古から立ち稽古に入った。
 今回は動きで見せるというより、感情や気持ちの流れを大事にしたいシーンが多いので、立ち稽古に入る時期を思い切って遅らせて稽古してきた。いざ立ってみると、やはり物語が現実味を帯び、まさにキャラが立ってくる感じでとてもおもしろい。一方では、段取りに気をとられて言葉や気持ちがおろそかになる部分もあるので、これからの稽古で作り上げていきたい。
 また、昨日の稽古で、水野氏作成による映像(出来高80%・本人談)を見せてもらうことができた。おおーっっ!映像初チャレンジとは思えない出来。さすがこだわり派・水野!最初漠然と話していたイメージどおりで、これを大きなスクリーンに映してみたい!と思った。完成が楽しみだ。あっ、でも完成したらバトンタッチで今度は私に宿題が回ってくるんだな ^^;)
 そしてチラシも完成。今回のチラシも、旗揚げ公演からずっとデザインをお願いしているminminの手によるものだが、今回のはまたものすごくインパクトがあって、気に入っている。今度HPでも紹介します!チケット発売は、明日11月30日から、どうぞみなさん麻布に足をお運びくださいませ!お待ちしています。
 
 
 11月22日(月)
 
 14日から、リバーサイド・アーティスト・プロデュースによる『school of TATE(殺陣)』が始まった。ネーミングのセンスは置いとくとして、赤池さんにまた殺陣を習えるのはうれしい限り。久しぶりに木刀を携えて、うきうきと稽古場へ向かう。
 初回とあって参加人数は少なかったが、いよいよ張り切って稽古が始まった。まずはランニング。そういえば、シンプルに走る稽古ってあんまりやってなかったなあと思って、新鮮。子どものように走る。この時点で、主宰・桜井氏は、この人死ぬんじゃないかと心配になるほど息も絶え絶えであった。それから、基本のかまえや走り方を教わり、素振りをする。後半はいろいろな打ち込みや、二人組みで巧手を交代しながらの稽古。3時間みっちり殺陣をやって、体力と集中力が限界に近づいたところでこの日の稽古は終了。
 いやはや。やってる途中からすでに予感ヒシヒシだったけど、この後数日、二の腕と腿の筋肉痛に苦しんだ。
 しかし、極度の筋肉疲労で中ジョッキを持ち上げるのもひと苦労だったとはいえ、この夜飲んだビールが最高においしかったことは言うまでもない。
 体力&精神力を養うために、がんばるぞ!・・・まずは居合い着を買って形から入ろうっと。さあ、あなたも殺陣やってみませんか?
 
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 先週の金曜日、仕事で大きな研究発表が終わった。
 終わったあと、同僚のみんなでバスに乗り込み、一路横浜へ。打ち上げがてら中華街でおいしいお料理をたらふく食べた後、山下公園の前のすてきなホテルに泊まって、遅くまでみんなで飲んだ。みんないい顔をしていたし、ばかな話もたくさんして、とても楽しかった。なぜか社長に「このビール女!」と言われたのが心持ち心外だが。
 翌朝はゆっくり起きて、ホテルの朝ごはんを食べ、女性同士で中華街を歩く。中国式整体とかで、マッサージをやってもらう。極楽。「手相を見てほしい!」と熱烈に言う人がいたので、私もついでに見てもらった。手相なんか見てもらうのは初めてだったけど、意外に言い当てられたりして、おもしろかった。
 
 その後、グループは分かれて、私は同僚の女の子と2人で散歩した。
 横浜は、とても好きな街だ。学生のころは、友達と、恋人と、あるいはひとりで、何度も遊びに来た。中でも私が好きなのは、石川町の駅のそばから坂を登って、エリスマン邸や外人墓地のほうへ歩き、港の見える丘公園を通って、山下公園に抜けるコースだ。ごちゃごちゃしていなくて落ち着いているし、いろいろな建物があって楽しめる。ゆっくり歩くのは久しぶりだったけど、私の好きなカフェや小物の店は変わらずにあって、とってもなつかしかった。いろんなことをとりとめもなくしゃべりながら歩いて、ほんと癒された。

 今回の発表を迎えるために、研究と準備に明け暮れ、直前の1、2週間は本当に慌しい毎日だった。しかし何はともあれ無事に終わって、本当にホッとしたし、同僚との団結感も感じられ、自分の仕事を見つめ直す機会にもなり、終わってみれば有意義な仕事だったなあと思う。
 最後に、社長がうるうるしていたのがなんだか心に残った。ふだんはおだやかな人で強引にリーダーシップをとるタイプではない。今回の研究に対してもあまり口出ししなかったが、この人の旗印のもとにやってきたんだなあ、と思った。リーダーシップというものは、ただ主張したり先導したりということじゃなくて、いろいろなスタイルがあるものだ。奥が深い。
 
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 この素敵な写真は、今回劇団新-さら-から客演してくださる北村安都子さん。
 注いでいるのは水の入れ物だが、中身はビールだ。ピッチャーを頼んだら、入れ物が足りないとのことで、こんな入れ物でやってきたのだ。安都子さんの右手には、やっぱりお酒がよく似合う。飲みっぷりもすばらしい。晶子さんに続いて、気球飲みのアルコール消費量を間違いなく上げてくれる女性が現れた!ちなみに、これまた客演のいこまゆかこ氏もかなりいい飲みっぷり。ほとんど惚れてしまいそうだ。

 飲み会ばかりじゃなくて、稽古のほうももちろん着々と進んでいる。昨日から、週末の稽古はロングになった。久々のロング稽古でちょっと疲れたけど(遊びすぎたせいかも)、個性豊かな面々がそろって、本当に楽しみ。これから、どれほど化けてくれるのだろう。わくわく。
 
 11月13日(土)
 
 最近、大きな発表を控えているので、仕事が忙しい。今日は休日だが、昼ごろ職場へ向かう。本当は朝から行くつもりだったのだが、昨日飲みすぎたせいか、はたまた単なる現実逃避か、思ったより寝坊してしまった。いっそのこと開き直って、たまった家事をし、駅前の喫茶店でのんびりブランチをする。この喫茶店は、最近初めて入ったのだが、食事も結構おいしくてなかなかいい雰囲気。何よりいいのが、アイスコーヒー。氷もアイスコーヒーなので、時間がたって溶け出してもコーヒーが薄くならず、おいしくいただける。職場に着いたら、上司が毒ガス処理班みたいな格好で天井の掃除をしていたのでちょっとウケてしまった。休日の仕事場って、案外嫌いじゃないな。たまたま来ていた同僚も、休日モードでゆとりがあるせいか、おしゃべりなどしながら楽しく仕事ができた。

 その後、劇団のスタッフミーティング。晶子さんと嶋田さん、秦くんが集まり、当日パンフレットの中身や舞台美術のこと、映像のことなどについて打ち合わせる。今回は公演直前に正月休みが入ってしまうので、いろいろなことを早め早めに進めておかねばならない。ミーティングを経て、これからの計画ややるべきことを確認し、気が引き締まる。

 それから、また移動して稽古場へ。
 昨日、脚本の改訂版が刷り上がった。変更点はそれほど多くないが、差し替え用のページを用意するのが面倒なので、いっそ頭から印刷し直してしまえ、ということで、また新しい脚本を手にしての稽古。今回は、動きをつけるのはじっくり読み込んでから、と思っているので、なかなか立ち稽古に突入しないことにしている。でも、シーンによっては、もう役が立ちたがっているな、と感じられるシーンもあったり、ふつふつと胎動を感じる。
 ここのところ、毎回の稽古に誰かしら新しいメンバーが加わっていて、なんだかとても新鮮。稽古場で演出らしいことをするのも考えてみれば半年ぶりぐらいなので、私なりに緊張している。自分の中のイメージによく耳を傾けたい。それを、できるだけ的確に明確に表現できるように、稽古を一回一回がんばろう。
 
 さて、明日からリバーサイド・アーティスト・プロデュースによる殺陣教室が始まる。「ええじゃないか」の公演が終わってはや1ヵ月半、あのときも殺陣指導を担当してくれた赤池氏による殺陣教室の開講である。公演では残念ながら私の役に立ち回りはなかったので(別の意味での立ち回りはあったが)、今回あらためて教えてもらえるのがとても楽しみだ。ばっさばっさと斬りまくるのだ!
 
 11月11日(木)
 
 あれー。気がつけばもう11月も半ば。早いなあ。今年はなかなか寒くならないから、冬が近づいている気がしない。

 今週は、実に珍しく月曜日・水曜日と平日休みが2日もとれた。こんなことは本当に珍しい。もちろん両日とも、裁判の傍聴に赴く。回を重ねるごとに手際よく傍聴できるようになって(?)、2日とも首尾よくいろいろな裁判を見ることができた。今回の作品に向けての取材目的なので、もちろん殺人事件、さもなければ比較的重罪の裁判を見るようにしているので、ひとつ見ると本当にどっと疲れる。
 
 月曜日に見た殺人事件の公判は、ちょうど論告求刑・最終弁論のところで、検察官の論告は実にしゃべりっぱなしで54分にも及んだ。事件の全貌がそれで理解でき、あまりの凄惨さに聞いているだけで顔が歪んでしまうほどだった。遺族の悲しみが語られるところでは、思わず涙がこぼれてしまった。求刑は、無期懲役。
 その後、手順どおりに弁護人の最終弁論があり、被告人の同情すべき背景として生育歴や妄想的な傾向などが語られたものの、事件の悲惨さに比するとやはり説得力に欠けていた。
 しかし、聞いていて最もずしりと心に残ったのは、被告人の最終陳述だった。
「弁護士の先生の言うことも一理はありますが・・・」と始まったので、私は言い間違えているのかと思った。しかしそうではなく、「検察官の言うことのほうが、私はもっともだと思います。家族の方は本当に辛いですよね。俺みたいなやつは、存在しちゃいけないですよね。どうして、私は死ぬのを止められなきゃいけないんですか。」裁判長とがっちりと目を合わせて、被告人はそう言った。
 もうこの人には、生きたいという未練なんか全然なくて、むしろ人生を終わらせることを望んでいるのだ。しかし、被害者が一名の場合は、日本ではよほどの事情でない限り、まず死刑にはならない。そのことを、むしろ理不尽だと、被告人自ら言っているのである。
 だがしかし、私は固唾を呑んで見守りながら、考えた。こういう被告人にたとえ極刑の死刑を与えたとしても、本当に罰になるんだろうか。本人の希望通りじゃないか。そもそも別に、この事件があったから反省の思いで死にたくなったようでもない。もともと自暴自棄だったところに、自分でとどめを刺して、いよいよどうでもよくなったという程度のものではないのか?そういう人に望みどおり死刑を与えることに何の意味があるんだろうか。
 
 水曜日に見た殺人事件は、通り魔殺人だった。しかも二人も。目の前にいるこの人がそんな恐ろしいことをしたのだと思うとぞっとした。この日も論告求刑・最終弁論だった。検察官は、長い論告を淡々と読みながら、最後に「本来ならば極刑に値するところであるが、被告人の病歴等を考えると、断腸の思いで無期懲役を求刑する。」という主旨でしめくくった。つまり、被告人に統合失調症の病歴があったことから、死刑までは求刑できなかったということらしい。
 閉廷後、検察官は傍聴席に出てきて、被害者の遺族にとり囲まれていた。遺族の人々は「こんなことじゃ私たちは納得しない」と怒っていた。遺族の悲しみや怒りを一番知っているのはたぶん検察官だと思う。それでもいろいろな制約の中で判断しなければならない検察官も、また壮絶な仕事だと思った。
 
 こんな裁きが、私も含めてほんの数人の傍聴人の前で行われていることもまた、考えてみれば恐ろしいことではある。裁判所に通うようになって、世の中では毎日毎日こんなに多くの人が裁かれているのだということにまず驚いた。私たちの社会は、システムとして毎日毎日たくさんの人を裁いて、一生牢屋にいろとか死をもって償えとか言っているのに、多くの人はそれを知らない。