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 気 球 日 記
 8月22日(日)
 
 役作りということについて、考えてみる。
 役をいただいたとき、まず自分なりに考えたり、情報を集めたりして、役に対するイメージを作ってみる。それを稽古場に持っていく。ところが、脚本の解釈は人それぞれなので、自分で作ったイメージは、必ずしも演出や共演者の思惑と一致しない。そのギャップを、稽古や話し合いを通して埋めながら、その芝居の中での役のイメージを作り上げていく。
 次の段階は、そのイメージを形にしていくことだ。自分はイメージどおりに演じているつもりでも、はたから見ると、そうは見えていないことがよくある。たいがいは、自分の思っていることより小さく見える。あるいは、違ったイメージに見える。なんでもそうだが、表現活動は人に伝わる時点で一次元減るので、それは仕方のないことだ。そのロスを考慮に入れながら、なおかつ見せたい芝居に見えるように、演技を研究したり、技術をみがいていく。
 それを繰り返す過程で、「だんだんよくなってきた」とか「今の感じで」と言われる段階がやってきて多少ホッとするわけだが、不思議なことには、その段階に行き着いたとき、自分では自分の変化が分からない。もちろん、ダメ出しに沿って芝居を変えようとしたり、もっとよくその場の気持ちを感じようという努力はするわけだが、結果として何が変わったのかは自分でも分からないのだ。相変わらず、同じところで悪戦苦闘しているようにさえ思える。でも、客観的に見ると芝居のなにかが変わっているらしい。
 そんなとき、私はどうにか役が自分の中に入り込みつつあるのだろうと思う。役が立つとか、役が大きくなるとか、そういうことだ。考えてみれば、一番自然にできているはずの素の自分でさえ、決して緻密な分析のもとに言動を選んでいるわけではない。深く考えるまでもなく、私ならこうする、私ならこう言うというささいな信念によって、一つひとつの言動を選択しているのだ。役でもそれができるようになれば、何よりも説得力のある、何よりも自然な、何よりも端的にキャラクターを表現した芝居ができるのではないかと思う。
 それは、もはや役作りを越えて、技術ではない、と私は思う。もちろん、役者として基本的な技術をそなえておくのは当然のことだが、「ここでこのように」とか「ここはこうすれば」と分析し尽くしていい芝居ができるものではない。それ以上に、とにかく必死に役と向き合い、理解しようと努力したときに、その人自身の中で役が大きくなってくるのではないか。そういう意味で、役作りにセオリーはないんだと思う。
 とにかく、自分なりのイメージを、演出や共演者のイメージとすり合わせながら、表現する。そのための努力や身体訓練を惜しまない。自分の力を信じて心と体を使う。それが、芝居なのではないかと思う。
 
 さて、そうこうするうちに、もう丑三つ時だ。早く寝るべし。
 
 
 8月21日(土)
 
 昨日・一昨日と、泊まりの大きな仕事が終わった。ふぅ。
 芝居でもなんでもそうだが、ひとつのプロジェクトを組んで滞りなく動かすのは大変だ。もちろんプロジェクトの中身がよくなくては話にならないが、どんないい中身でも進め方によっては冴えないものになったり気持ちよく関われなくなったりする。適切な時間配分とか、案内表示とか、インフォメーションとか、受付の雰囲気とか、すみやかな会場整理とか、スタッフの共通理解とか、一つひとつは些細なことなんだけど、そういう小さな歯車が噛みあって初めて、中身が伝わり、プロジェクトが成功する。今回の仕事に関して、私は責任者ではなかったので気持ち的には楽だったが、先輩方の動きを見ながらそんなことを考えていた。
 見習いたい先輩方に多く触れ合えることは幸せなことだ。
◆◆◆
 昨日、10年ぶりに会う友達と飲んだ。わりと近くに住んでいるのになかなか会う機会がなくて、気がつけば10年もたっていた。
 会ってみると、10年ぶりというのが信じられないほど変わっていなくて、とても自然に話が弾んで、毎日会っていたあのころみたいに、いろんなことを話した。
 でもやっぱり、昔と違うことは、考え方や話し方がおたがいに昔より少しおとなになったということ。彼女の10年を私はそんなに詳しく知らないけれど、きっといろいろなことがあって、それを自分の足で前向きに乗り越えてきたんだろうなあ、と思った。そういう強さを感じる、すてきな女性になっていた。うれしかった。
 おとなになったら、昔ほどには自分の変化がはっきりとわからないけれど、変わりたい気持ちがある限り、きっと変わり続けているし、変わり続けていけるんだ。

 さて、今日は気球の稽古。これから行ってきます♪

 
 8月16日(月)
 
 先週末、金・土・日と2泊3日で、リバーサイドの合宿稽古が行われた。場所は、新木場のBUNB東京スポーツ文化館、初めて利用したがとてもきれいな施設だった。
 この合宿の間に、衣装合わせ、抜き稽古、初通しが行われた。劇中のダンスシーンを担当するブランニュー・ダンス・マーケットのみなさんも来て、ものすごくカッコいいダンスを見せてくれた。
 いやはや。ふだんの生活とあまりにも隔絶した濃密な時間で、もう1年ぐらい江戸時代に生きているような気がした。そしてまた、連日連夜肝臓を痛めつけてしまったことは言うまでもない。 
◆◆◆
 ということで、チラシも仕上がり、チケットの販売が始まりました。みなさま、どうぞ見にいらしてくださいませ!きっと、熱い芝居をお見せします。また、リバーサイド・アーティストの公式ホームページができました。どうぞそちらも、あわせてご覧ください。チケット申込みは、ホームページからも受け付けています。よろしくお願いします。
 
 
 8月4日(水)
 
 こないだの気球の稽古は、ちょっとがんばりすぎたせいか、翌日腹筋が筋肉痛だった。リバーサイドの稽古場で、「今日は腹筋が痛くて」と訴えたら、「飲みすぎじゃない?」と返ってきた。
 おかしいだろ、そのツッコミ!!
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                         初めてひとりで着たよ♪
 先日、着付けの稽古3回目にして、初めて自分で着物を着ることができた。名古屋帯を、ふつうのお太鼓結びにしただけだけど、浴衣以外の着物を、自分でちゃんと着たのは初めて。襟元を抜いたり、帯を後ろ手に形作ったりするのがやはり難しいが、昔は誰でも毎日やっていたのだ。着付けの先生も、あとは慣れだ、と言っていた。練習あるのみだ。
 お太鼓結びをマスターしたら、もう少し凝った帯結びを教わったりするのも楽しそうだな。
 あと、今日は帯締めとのし袋の水引の配色が、同じだということを初めて知った。日本の文化は奥が深い。。。